【習志野市】実籾の「髙橋シューズ」この道68年の習志野の靴職人レジェンド、髙橋さんの歩んだ「靴の道」
京成線実籾駅南口から徒歩約5分、京葉道路「武石インターチェンジ」に向かう道すがらに、靴修理のお店「髙橋シューズ」があります。ここは、40年以上も前からお店を構えるベテラン職人、現在83歳の髙橋芊(しげる)さんのお店。
手がけたオリジナルの靴と古いながらも現役の機械に囲まれて、髙橋さんの波瀾万丈な人生と、靴への深い愛情、そして奥深い靴の世界について、お話を聞いてきました。
髙橋さんの職人人生は、中学校を卒業してすぐ、千葉県多古町(たこまち)で始まります。当時の就職は集団就職が主流。しかし、髙橋さんはみんなと同じはイヤだな、という強い気持ちがあったそうで、叔母さんの紹介で東京・千住(せんじゅ)の靴屋さんに住み込みで弟子入りすることに。これが、髙橋さんの「靴の道」の第一歩でした。
千住での4年間は、まさに職人としての基礎を叩き込まれる日々。ベテランの職人さんから手取り足取り教わり、ゼロから靴を作り上げる技術を習得していきました。そんな中、独立を夢見ていた髙橋さんに、思わぬ転機が訪れます。その靴屋さんの社長さんに子どもがいなかったため、養子として迎えられ、お店を継ぐことになったのです。そこのお店では、国鉄職員など特別な人たちからの注文靴やオーダーメイドの靴作りがメイン。高級な仕事を通して、さらに技術を磨いていきました。
結婚を機に習志野へ引っ越すことを決意した髙橋さんは、すぐに独立できるほどの資金がなかったため、地元の靴メーカーに職人として就職します。独立資金を貯め、さらなる技術向上のために「ここで20年は働く」と心に決め、言葉通りに勤め上げました。
そして48歳の時、念願の「髙橋シューズ」をオープンしました。開業当初は、誰もが知る高級ブランド靴の修理を主に手がけ、その技術の高さはすぐに評判となり、銀座の老舗靴店からも依頼が舞い込むほどでした。この信頼関係は今も続いています。なんと、バブルの頃には月に100足以上修理することもあったそうですよ。
時代とともに修理の仕事が少しずつ減っていく中、髙橋さんはこれまでの技術を活かし、地域のお客さん向けのオーダーメイドや修理に力を入れるようになります。「普通の靴屋さんが修理しない靴も、うちは引き受けるよ」と髙橋さん。
特殊な素材や、手間のかかる修理は、他のお店では断られがち。しかし、髙橋さんのもとには、近隣だけでなく、大網や成田、他県からも修理依頼が舞い込みます。九州で作られた足が不自由な方向けの特殊な靴や、「グッドイヤーウェルト製法」と呼ばれる複雑な構造の靴など、他では難しい修理も、長年の経験と確かな技術で直してしまう髙橋さん。まさに「レジェンド」なのです。
靴作りの技術だけでなく、材料の知識や問屋さんとの繋がりも、髙橋さんの大きな強み。社交的な人柄から、靴職人にとどまらず、材料の手配や営業まで任されていたそうです。この頃に築いた人脈が、独立後も髙橋さんのお店を支える力となりました。工場にある機械のほとんどは、以前勤めていたメーカーから譲り受けたものだとか。
髙橋さんが独立する際、メーカーの社長さんが「もう使わないから」と、高価な機械を無料で譲ってくれたそうです。「使わないから」と言葉では言いつつも、実は社長さんは髙橋さんが独立する時のために、こっそり準備しておいてくれたんだとか。その恩義を今でも忘れず、譲り受けた機械を大切に使い続けています。
髙橋さんの真骨頂は、一人ひとりの足に合わせたオーダーメイド靴。特に、既製品では足に合わないとお悩みの方の救世主です。外反母趾(がいはんぼし)など、足の悩みに合わせて足型を徹底的に計測し、見た目のスマートさと履き心地を両立させた唯一無二の一足を作り上げます。
完成までには、熟練の職人技と膨大な時間が必要なため、価格は安くはありません。ただし、髙橋さんはすべてのお客様にオーダーメイドを勧めるわけではありません。「既製品で対応できるなら、無理にオーダーメイドしなくてもいい」という考えの持ち主。本当に必要としているお客様にだけ、最高のフィット感を提供しているのです。これは、単なる靴の販売ではなく、顧客一人ひとりの足に寄り添った靴作りを心がけている髙橋さんの「哲学」なのです。
髙橋さんが愛情と尊敬の念を持って語ってくれたのが、手編みのメッシュ靴のお話です。このメッシュ、実は昔、農家の人々が冬の農閑期に副業として手編みしていたものなんですって。地域の伝統技術として受け継がれてきましたが、今では職人が減り、この素晴らしい伝統技術の継承が大きな課題となっています。手作業だからこその繊細な仕上がりと、量産できない希少性は、まさに職人さんの技の証。そして、日本の伝統が息づく、唯一無二の逸品なのです。
そんな中、地元の人のリクエストに答えるかたちで、傘やカバンの修繕もするようになりました。
変わる足の形、流行、それでも変わらない靴への情熱。この道68年にわたり靴と向き合い続けてきた髙橋さん。その人生は、日本の靴文化の移り変わりそのものでした。これからも、髙橋さんはその温かい人柄と確かな技術で、たくさんの人々の足元を支え続けていくことでしょう。靴のお悩みがある方は、ぜひ一度、髙橋さんの元を訪ねてみてくださいね。
「髙橋シューズ」はこちら。